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2011.02/02(Wed)

ふるふるの輪 vol.11☆大分県豊後大野市(旧、大野町) 古山朋子さん

同期の鈴木由美子さんからご紹介を受けました、同じく13期で由美子さんのお隣、大分県豊後大野市(旧、大野町)に派遣されていました古山朋子です。
派遣されていたのは4年前になりますが、その後3年とちょっと大野町に住み、隣町で農業をしていました。そして昨年5月、大野町生活5年目に突入したころ、実家のある千葉県に戻ってきました。
現在は実家から通える場所で栄養士として働いています。

はたけ

大学卒業と同時に協力隊に参加して早数年。大野町民だった間は本当にいろんな経験をしました。
基本的にはほとんど楽しいことでした。ただ、今、振り返ってみると、協力隊の期間中は自分で縛りを作ってしまっていた部分もあったので、純粋にやりたいことをやって楽しめたのは、協力隊が終わってから大野町に残っていた期間かなぁ、と思います。

人によって「協力隊」の立場のとらえかたは様々だと思います。私は協力隊をやっていた1年間ずっと、日中どこかで何かのお手伝いをしているとき以外も、周りから常に協力隊として見られているという意識がありました。
それは当たり前といえば当たり前なのですが、いつ、どこで、何をしているのかを常に見られている、良く言えば見守ってくれているのだと思いますが、私はどちらかというと、監視されているような感覚でした。右も左もわからない、知り合いも誰もいない町で、最初はそれもありがたかったのですが、私は次第にそれが苦痛になりました。
そして、その間はどうしても余所者という感覚が抜けませんでした。

それでも大野町に残ろうと思ったのは、余所者としてではなく、一人の町民として大野町を見てみたいと思ったからでした。
ただの大野町民になってみると大野町は住みやすく、仕事もプライベートも自分のやりたいことをやってとても楽しく過ごせました。市外に買い物に行ったり、友達と飲みに行ったり、習い事をしたり。その中で、友人もたくさんできました。

楽しいながらも大野町を離れたのは、農業の厳しい現実のせいかもしれません。
誰もがもっともっと農業がしやすい環境になってくれることを、富に願います。

ふうけい

次は同じく13期で岩手県遠野市に派遣されていた、お祭り大好きのおねえさま、佐藤亜紀さんです。よろしくお願いします♪



次回ふるふるの輪は、2月17日(木)
13期の方ですと、協力隊参加から4年ほど経つということで、みなさんさまざまな展開がありますね。
次回も13期。岩手県遠野市に派遣されていた、佐藤亜紀さんです。
よろしくお願いしまーす。
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